26/10/2024
PPモブラー特別トークショーへ行ってきた!!
スカンジナビアンリビング主催によるPPモブラーの特別トークショーへ参加してきました!!
トークショーにはPPモブラーのCEOであるキャスパー・ペデルセン氏と、椅子研究家の織田憲嗣先生が招かれ、PPモブラーの家具とベアチェア、デザインの世界に対する深い知見をお聞きする貴重なお時間となりました。
まずはPPモブラーがウェグナーの家具を製作するに至った経緯なのですが、現在PPモブラーが製作しているウェグナーの家具の多くは、1940年当時、ウェグナーと関係性を深めていたヨハネスハンセン社が製作していました。
PPモブラーとしてはミッドセンチュリー期のヨハネスハンセン社の高品質な物作りを今でも強くリスペクトしていますが、70〜80年代になると安価な家具の台頭により全世界的に高級路線の家具市場は縮小していきました。
それはヨハネスハンセン社にとっても避けては通れない苦しい時期だったのです。
加えて1960年代過ぎに創業者のヨハネスが亡くなることによりウェグナーは大きな失意の底に沈みました。
ヨハネスハンセン社は事態を打開しようと若手デザイナーの登用などをすすめますが、70年代初頭から続いたオイルショックの影響などもあり、経営が困難になったヨハネスハンセン社は90年頃に廃業の憂き目に遭います。
そしてヨハネスハンセン社が製作していたウェグナーの家具は90年代を境にPPモブラーへと引き継がれることとなったのです。
少し時代は遡り60年代頃、ウェグナーは当時の椅子製作における問題解決のため、PPモブラーの創業者であるアイナー・ピーターセンのもとを訪れます。
アイナーが物作りに関しては頑固で筋が通っていることを噂で聞いていたウェグナーは、アイナーと話して意気投合し、新たなパートナーとして椅子開発をPPモブラー社へも託すようになります。
アイナー自身もウェグナーが家具職人として高い技術を持っていることを知り、ウェグナーから技術を学ぶというメリットもあるのではないかと考え、製品開発のパートナーシップを快く承諾しました。
アイナーとウェグナーはお互いに、工業製品化の波が急速に押し寄せてきている当時の変化に抗い、機械ではできない物作りを大切にするという考えも一致していたのです。
そのような経緯でウェグナーの家具の多くは現在PPモブラーへと引き継がれているのです。
当時ウェグナーが特に強くこだわったのは家具の品質を保ち続ける意識と環境に対する配慮だったのです。
その考えはウェグナーが亡くなった今もPPモブラーに強く根付いています。
PPモブラーの社会的使命として、職人のスキルの高さを残していくため職人の姿勢を大切にし、腰を据えて長く付き合うこととしています。
それは、PPモブラーの家具の価格にも影響しており、他社の家具に比べて高価な理由としては、質の高い職人さんにはフェアなお給与をきちんと支払っているところからも見てとれます。
PPモブラーでは20代の職人も80代の職人も良い椅子を製作している人は皆んな同じ給与。
そうすることにより職人に憧れる人が今後も続いていき、品質が保たれるだけではなく、作り手も買い手も得をするビジネスの循環ができるとのこと。
PPモブラーの社会的使命のもう一つは、木材をとても大事な素材と考え、環境保全を心掛けています。
PPモブラーは2009年のCOP15で自社の椅子を多く貸与していたが、COP15が終えると、そこで使われた椅子を販売し、その利益をPPフォレスト(PPモブラーが所有する森林)に3,000本植樹することに使ったのです。
以前、デンマークではホワイトアッシュ材を害虫の増加により止むを得ず伐採しなければならない事があったのだそうだが、周りの正常な木材に影響を与えないよう、樹木を倒すのではなく重機で丁寧に切っていたそう。
こういったことから、PPモブラーの環境を大切にする姿勢はデンマークの国民性からも強く影響を受けているのではないでしょうか。
織田先生は「椅子を買いたいのですが予算5万円くらいでおすすめはありますか?」といった質問をよく聞かれるそうです。
織田先生は「その5倍の予算の椅子を買ってください」と答えるのだそう。
一見、身の丈に合わない高い買い物であると考えられますが、自ら高い課題を課すことにより覚悟を促し、購入してからも大切に扱うという意識も植え付けることができるのだそうですよ。
また、婚約指輪の代わりにベアチェアを購入されたカップルの話もされていました。
一生物の家具を人生の節目に記念として贈るのは素敵ですよね。
PPモブラーのゴールは会社を大きくすることではなく、高品質な家具を作り続けていき、職人の技術を守り続けていくことです。
このような意識を持った会社とそこで製作される家具をこれからも大切にしていきたいとのことです。